偽  善

やらない善より、やる偽善

 
 
                 マザーテレサ
            


いったん志を抱けば

いったん志を抱けば、

この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、

いやしくも弱気を発してはいけない。

たとえその目的が成就できなくても、

その目的への道中で死ぬべきだ。

                                                   坂本龍馬 

遺すべきもの

地位や名誉は死ねばなくなる。

財産も残したところで争いの種をまくだけですが、

「ありがとう」のひと言は、残される者の心をも救う、

何よりの遺産です。

                      日野原重明


日野原重明
(1911-。医師、聖路加国際病院理事長。山口県山口市に生まれ、神戸で育つ。1937年京都帝国大学卒業、1941年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長を歴任する。100歳を目前にしてなお、スケジュールは2、3年先まで一杯という多忙な日々を送る。勲二等瑞宝章、文化功労者、文化勲章、東京都文化賞、日本医師会最高優功賞など数々の賞を受賞。)


政 治 家

 政治家にとって、

すぐに失望させられる根拠のない期待を

国民に向かって主張するほど

最悪の間違いはない。

         ウィンストン・チャーチル

子 ど も

          子 ど も
                       ドロシー・ロー・ノルト

 批判ばかりされた子供は、非難することをおぼえる

 殴られて大きくなった子どもは、力に頼ることをおぼえる

 笑いものにされた子どもは、物を言わずにいることをおぼえる

 皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心の持ち主となる

 しかし激励を受けた子どもは、自信をおぼえる

 寛容に出会った子どもは忍耐をおぼえる

 賞賛を受けた子どもは、評価することをおぼえる

 フェアプレーを経験した子どもは、公正をおぼえる

 友情を知る子どもは、親切をおぼえる

 安心を経験した子どもは、信頼をおぼえる

 かわいがられ、抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる
 

医学生へ  「医学を選んだ君に問う」

医学生へ  「医学を選んだ君に問う」

前金沢大学医学部附属病院長 河崎一夫

 医師を目指す君にまず問う。高校時代にどの教科が好きだったか?物理学に魅せられたかもしれない。しかし医学が大好きだったことはあり得ない。日本国中で医学を教える高校はないからだ。
 高校時代に物理学または英語が大好きだったら、なぜ理学部物理学科や文学部英文学科に進学しなかったのか?物理学に魅せられたのなら、物理学科での授業は面白いに違いない。
 君自身が医学を好むか嫌いかを度外視して、医学を専攻した事実を受容せねばならない。結論を急ぐ。授業が面白くないと言って、授業をサボることは許されない。医学が君にとって面白いか否か全く分からないのに、別の理由(動機)で医学を選んだのは君自身の責任である。
 次に君に問う。人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか?万一「将来、経済的に社会的に恵まれそう」以外の本音の理由が想起できないなら、君はダンテの「神曲」を読破せねばならない。それが出来ないなら早々に転学すべきである。
 さらに問う。奉仕と犠牲の精神はあるか?医師の仕事はテレビドラマのような格好のいいものではない。重症患者のために連夜の泊まりこみ、急患のため休日の予定の突然の取り消しなど日常茶飯事だ。死にいたる病に泣く患者の心に君は添えるか?
 君に強く求める。医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。知らない治療を出来るはずがない。そして自責の念がないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。
 こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊び」は許されない。医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない。
 医師国家試験の不合格者はどの医学校にもいる。全員が合格してもおかしくない医師国家試験に1,2割が落ちるのは、医師という職業の重い責任の認識の欠落による。君自身や君の最愛の人が重病に陥った時に、勉強不足の医師にその命を任せられるか?医師には知らざるは許されない。医師になることは、身震いするほど怖いことだ。
 最後に君に願う。医師の歓びは二つある。その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである。
 今後君が懸命に心技の修養に努め、仏のごとき慈悲心と神のごとき技を兼備する立派な医師に成長したとしよう。君の神業の恩恵を受けうる患者は何人に達するか?1人の診療に10分の時間を掛けるとしよう。1日10時間、1年300日、一生50年間働くとすれば延べ90万人の患者を診られる。多いと思うかもしれない。だが日本の人口の1%未満、世界の人口の中では無視し得るほど少ない。
 インスリン発見前には糖尿病昏睡の患者を前にして医師たちは為すすべがなかった。しかしバンチングとベストがインスリンを発見して以来、インスリンは彼らが見たこともない世界中の何億人もの糖尿病患者を救い,今後も救い続ける。
 その1の歓びは医師として当然の心構えである。これのみで満足せず、その2の歓びもぜひ体験したいという強い意志を培って欲しい。心の真の平安をもたらすのは、富でも名声でも地位でもなく、人のため世のために役立つ何事かを成し遂げたと思える時なのだ。
― 朝日新聞2002年4月16日号『私の視点』 ―

 

          頬   
            竹内 てるよ 作

生れて何も知らぬ 吾子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな
その頬は赤く小さく
今はただ一つのはたんきやうにすぎなくとも
いつ人類のための戦ひに
燃えて輝かないといふことがあらう
生れて何もしらぬ 吾子の頬に
母よ 悲しみの涙をおとすな
ねむりの中に
静かなるまつげのかげをおとして
今はただ 白絹のやうにやはらかくとも
いつ正義のためのたたかひに
決然とゆがまないといふことがあらう
ただ 自らのよわさといくじなさのために
生れて何も知らぬわが子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな

― 詩集 花よわれらは ―

 

「非暴力」の信念

            「非暴力」の信念
                    マハトマ・ガンジー


世界は、真実の岩の上に成り立っている。
その真実をもたらす唯一の方法は、命あるもの全てに対して、暴力をふるわないことである。 
 

今まで十分に...

            今まで十分に...
                    加藤 諦三

今まで十分に辛い思いはした。今まで十分に恐れた。今まで十分にふるえた。
今まで十分に怖じ気づいた。今まで十分にいじけた。
拒否されることを恐れるだけ恐れて、
歓迎される自分を味わうことなしに死んでいくことはないではないか。
今まで十分に眠れぬ夜は過ごした。もうぐっすり眠れる夜を持っていいではないか。
今まで、よい人と言われるために、十分に他人の期待することだけしてきた。
今まで十分に、従順に生きてきた。そして何の報酬もなかった。
それは、けっして勝つことのないゲームに参加しているようなものだった。
他人の期待に従うことだけを目標に生きてきて、それでいつも拒否されることに怯えている。
けっして勝つことのないゲーム、そしてつねに自分を評価し判断する世界。
人びとはいつでも自分を評価しようとしている。
そんななかで十分に自意識過剰になり、十分に苦しんだ。
他人に十分に支配されてきた。
つねに自分を低く評価しようとしている人とは、十分につきあった。
可愛がってもらいたくて、十分に静かに生きてきた。
可愛がってもらいたくて、自分の意向は十分に捨ててきた。
そしてその結果として得たものは何であったか。
そう、それは神経症であった。
それが古い台本に従って生きてきたあなたの結末ではないか。
それでもなお、あなたは古い台本に従って生きようというのか。
新しい台本に従って、熱い人生を生きてみようとは思わないだろうか。
生きようと思えば生きられるのだ。

みんなほんもの

   みんなほんもの
          相田みつを

 トマトがねえ
 トマトのままでいれば
 ほんものなんだよ

 トマトをメロンに
 みせようとするから
 にせものになるんだよ

 みんなそれぞれに
 ほんものなのに
 骨をおって にせものになる


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